設立への思い


はじめまして。東岡良河と申します。少し私の人生について話させていただきます。

 

これまで私は母と年子の弟妹、少し年の離れたもう一人の妹と奈良県で生活保護を受給しながら生活していました。ことのきっかけは10年以上も前になる私が小学二年生のときです。土木作業員だった父がくも膜下出血で若くして倒れました。一命は取り止めたものの後遺症により働くことができない体になりました。さらに、両親ともに中卒であったためクレジットカードなども持っておらず国民保険にも加入していませんでした。当然、保険などもおりることなく父と母は離婚養育費も貰えず、母は低賃金の介護パート(時給800円ほどでした)で生活費を稼ぐも手取り年収は100万円以下に。

 

 


極貧時代

給食だけで一日のご飯を済ますことなんて当たり前でした。今のような子ども食堂は存在せず、毎日のおやつは給食で余った分を持って帰ってきたコッペパンです。私が小学4年生の頃に水道・電気・ガスが同時に止まることがありました。冷凍食品の焼きおにぎりを冷たいまま食べました。母が号泣しながらおにぎりを食べているのは子どもながらに衝撃を受け、その直後に生活保護を受給しました。

このときから私は「お母さんとお父さんが中卒で学歴がないからこんな生活をしているんだ」と思うようになり「こんな親にならない」という反面教師の一心で勉強に励みました。

 


勉強に励んでも

けれども、塾や通信教育を一切利用せずトップ校受験は非常に厳しく公立高校の受験を失敗。当時の奈良県の高校受験制度では希望の公立高校は一度しか受けられず、二次募集でレベルの低い高校に進学しようとしました。しかし、祖母がせっかく勉強を頑張ったのだからと借金をして大坂の私立高校に入学させてくれました。

高校3年間は死に物狂いで中学と同様に塾や通信教育を一切利用せず勉強に励み、兵庫県にある国公立大学に現役で合格しました。しかし、入学金の25万円を用意できず入学辞退。入学金をアルバイトで貯めながらとなる自宅浪人生活がスタートしました。勉強机の無い家では勉強ができなかったため毎日図書館に通いながら勉強に励み、ついに、名古屋市の国立大学に入学。ここで私の人生は大きく、本当に大きく変わることとなりました。

 当時、中学3年生時の成績です。行きたかった高校はほとんど5でないと難しく、塾や通信教育が利用できない状況での勉強は非常に苦しかった。
 勉強のできるできないに塾は関係ないなど賛否はあるが、塾に通えることと学力は強い正の相関を持つことは証明されている。つまり、学歴はお金で買えるものとなってしまっている。

 子ども達は親を選ぶことはできません。勉強をしたい・東大に行きたい と思っていても経済力が無かったり進学に関心の無い親を持つとその時点で進学を諦めざるを得ません。さらに、大学には進学できても、借金となる貸与型奨学金1000万近くも借りて勉学に励まなければならない世の中になってしまっているのです。


人生の再建

 国立大学に入学した私の人生は大きく変わることとなりました。

まず、ひとり暮らしはできない状態だったので大学の学生寮に申し込むことにしました。すると、大学からは不採用の通知が。追って返信のメールを見ると、愛知県内の企業が関与する完全無料3食付きの学生寮入学への手配を済ませたとのメールが。加えて、国立大学は生活困窮者への給付奨学金を用意する法人も数多く、アルバイトをせずとも勉強に専念した生活ができるほどの給付奨学金を頂きました。加えて、大学の授業料は完全免除となり経済的に困ることはなくなり人生が一転しました。

大学二年生になると名古屋市内で学習支援事業に参加するようになり、同じ境遇の子どもたちを支援。しかし、「まだまだ勉強したい!大学に行きたい!」という子どもたちが多かったため自分で塾を立ち上げることに。


塾の立ち上げへ


生活困窮者の子どもたちにとって国公立大学に進学することは非常に難しいが、進学すれば支援は手厚く将来できること就職できる企業なども大きく増え、貧困の連鎖を大きく断ち切ることができるということを伝えています。

 

また、現在日本の企業はどのような人材を求めていると思いますか?

答えは問題解決能力が高い人材です。

 

問題解決能力とは仕事上で何か問題があった際にどのように適切に対応できるかという能力です。言い換えれば「困難に打ち勝つ能力」です。

そのため、塾や予備校を利用できない環境下で国公立大学に進学するということはとてつもなく困難なことです。企業側も必ずそこの部分はわかっています。私はまだ、社会人にもなっていないですが学生でありながら十分に評価されるということがわかりました。

 

むしろ、私にしか伝えられないことだと思い使命感を持って子どもたちにはとにかく勉強を頑張るようにと伝えています。